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墓マイラー 60 松原一閑斎先生

2019.07.18

20190610_223807.JPG

 

 

 

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これまでの墓マイラーは

 

 墓マイラー 目次          参照

 

 

並河天民(1679-1718)先生の後は、やはり高弟の一人である松原一閑斎(1689-1765)先生でしょう。

 

 

因みに、天民の流れをくむ先生にはあの奥村良竹もいるそうです。

 

墓マイラー 58 奥村良竹先生    参照

 

 

この先生は、あの浅田宗伯(1815-1894)先生『皇国名医伝』では古方の四大家(名古屋玄医、後藤艮山、松原一閑斎、山脇東洋)の一人と称される人物です。

 

浅田宗伯という人物

墓マイラー 18 浅田宗伯先生  

名古屋玄医という人物

墓マイラー8 

後藤艮山という人物

墓マイラー5 

山脇東洋という人物

墓マイラー 30 山脇東洋先生      参照

 

 

あの吉益東洞(1702-1773)先生『傷寒論』を講義した人物である言われます。

 

吉益東洞(よしますとうどう)について

墓マイラー3                   参照

 

 

後世、「方証相対」と言われる考え方は、この松原一閑斎先生の考え方を吉益東洞先生が参考にしたものと言われます。

 

(「方証相対」に関しては、近々語りましょう)

 

 

・・・で、その偉大な松原一閑斎先生の師匠が、昨日紹介した並河天民先生、と。

 

 

こうやって脈々と、スゴイ先生からスゴイ先生へと、伝統医学は「革新を繰り返しながら」受け継がれてきたのです。

 

 

 

dsc_07345927832869656902011.jpg

 

 

墓は京都の左京区にある迎称寺にあります。

 

 

雑草と、苔むした感じの、鬱蒼とした墓地ですが、それはそれで、なかなかの雰囲気があります。

 

 

墓石の隣にはご令息の石碑も。

 

 

dsc_0735748204618854011632.jpg

 

 

 

↑↑一閑斎先生の長男さんは、この字を書いて「一貫斎」と号したそうです。

 

(紛らわしい。。。(苦笑))

 

 

ここには石碑があるのみで、長男さん(一貫斎)の墓は福井県小浜市の西福寺にあるそうです。

 

(蒼流庵主人にご教示いただきました。<m(__)m>)

 

 

江戸期に、並河天民→松原一閑斎→吉益東洞という古方派の重要な流れがあり、その吉益東洞『医事或問』にインスパイアされた和田啓十郎が、

 

明治43年(1910年)に『医界之鉄椎』を著し、それが一つのきっかけとなって大正昭和の漢方鍼灸の復興運動が起こり、今日の日本の東洋医学があるわけですね。

 

 

 

合掌。

 

 

 

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