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「蛮社の獄」について。

2019.11.08

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今日、ある場所で久々に「蛮社の獄(ばんしゃのごく)」という言葉を聞いた。

 

 

1839年(天保10年)、江戸末期に起きた言論弾圧事件である。

 

 

そこで、少し調べてみた。

 

 

江戸で蘭学が本格的に興隆したのは1830年代。

 

 

「蛮社の獄」「蛮社」という言い方は、当時の国学者たちが、蘭学者を揶揄した蔑称であった。

 

(南蛮の学を学ぶ同好の集団、社中という意味で、「蛮学社中」の略、とのこと。)

 

 

この当時、蘭学の唱導者の代表格の一人が渡辺崋山(1793-1841)

 

 

崋山は、林羅山(1583-1657)を始祖とする儒学者、朱子学者の家系である林家(りんけ)の門人でありながら、蘭学に傾倒し、多くの儒学者を蘭学に引き込んだことから、

 

国学者側から目の敵にされた。

 

 

江戸幕府は、朱子学を正当な国学とし、それ以外に対しては排他的な傾向があった。

 

 

弾圧の首謀者は鳥居耀蔵(とりいようぞう 1796-1873)、林家出身の儒学者だった。

 

 

 

続く。

 

 

 

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