東洋医学 伝統鍼灸 清明院

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陰陽学説⑤

 

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皆さんこんばんは、山﨑です♪
 
 
 
 
 
前回の続きです。
 
 
 
 
 
関連ブログはこちら→院長 関連ブログ
前回のブログはこちら→陰陽学説④

 

 

 

 

〇五運六気

また、実際の天体観測において、五つの星が観測される。

1) 水星は、 1月と6月に黄昏の北方

2) 木星は、 3月と8月に黄昏の東方

3) 火星は、 2月と7月に黄昏の南方

4) 土星は、 5月と10月に黄昏の天中

5) 金星は、 4月と9月に黄昏の西方

これらを玉運といい、河図の図で表わされます。自然界の一年(春、夏、(長夏)、秋、冬という気候の循環)を指しています。また、その気候に応じて六気 【風、寒、暑、湿、燥、火】があり、それぞれの気候に合わせてそれぞれの六気が存在します 【風は年中存在する】 

〇『易経』と陰陽

『易経』の「易」の字は「日」と「月」の2字からなり、「日」は陽、「月」は陰を現し、自然哲学や宇宙の普遍的な法則を示しています。

・易とは

陰陽学説は『易経』に淵源をもっ。易は占いの書であるが単なる占いでなく、普遍的真理を

含有する哲学思想、である。中国伝統医学においても「易を知らざれば太醤というにもって足

らずJといわれ、名医・張景岳が「陰陽は巳に『内経』に備わるといえども、変化は『周易』

より大なるはなし」とするようにこの医学に易学思想の理解なくしては真の医学となりえな

いとされる。

〇易の字解

易の字は変化の象徴である断腸の象形文字と考えられている。易には、変易・簡易・不易の

3つの原理が説かれる。変易とは全てのものは変化するということ。簡易とは万物は変化し

て様々な相をみせるが陰陽とし、う単純明快なものから構成されるということ。不易とは万物

は変化していくが変化しない陰陽という原理があるということである。

→次回に続く

 

 

 

 

【参考文献】
『鍼灸臨床能力 北辰会方式 理論篇 』
藤本蓮風 監修、(一社)北辰会 学術 編著、緑書房

 

 

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陰陽学説④

 

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皆さんこんばんは、山﨑です♪
 
 
 
 
 
前回の続きです。
 
 
 
 
 
関連ブログはこちら→院長 関連ブログ
前回のブログはこちら→陰陽学説③

 

 

 

 

農耕民族としての天体観測と『易経』の誕生

 

 

・「暦」

 

中国、そして日本には、四季が存在します。春、夏、秋、冬の変化の中で人聞が暮らすからこそ、伝統医学の基本概念である陰陽とし、う発想に至ったのではないでしょうか。そこには、農耕民族として、いつ種を蒔き、収穫はいつすべきか。これらの事を知るには、季節の移り変わりを示す「暦」というものが必要になってきます。

 

 

 

「暦」とは、太陰暦と太陽暦を総称する言葉です。太陰暦は月の満ち欠けだけに基づく暦のことで、現在とは違い、電気やガスなどの明かりがなかった時代には、月の満ち欠けが、潮の満ち引き 【満月の時は大潮】と密接な関係があることに気づき、月の周期を暦として取り入れたのが太陰暦です。

 

 

 

この太陰暦は、農耕を営む上では、季節と月名が大きくずれてしまうことが無いように1年を12カ月や13カ月に調整する暦を、太陰暦から太陽暦として発達させていきました。

 

 

 

当時は、日時計を用いて、太陽の傾きを観測していました。

 

 

 

 

 

・天体観測

 

日時計を「圭表」といい、 一本の棒 (8尺にしていた)を立て、その棒の影を追い、投影が一番短し、日が夏至であり、投影が一番長いのが冬至とし、正月元旦と定めて 365, 25日であることを測定しました。

 

 

 

また、日出と日没で東西、正午の最短の影で南方、北極星で北方を確定し、中央と四方を求めました。また、斗柄 【北斗七星の第5-7の星の先】が東を指せば春、南を指せば夏、西を指せば秋、北を指せば冬を示しました。

 

 

 

これらは、前漢時代の数学書『周碑算経』にあり、古人が圭表を利用して方位、四季、 二十四節気、太陽年の長さを確定しました。

 

 

→次回に続く

 

 

 

 

【参考文献】
『鍼灸臨床能力 北辰会方式 理論篇 』
藤本蓮風 監修、(一社)北辰会 学術 編著、緑書房

 

 

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