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大伯父の人生 1

2018.10.11

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墓参になんて、まったく興味のなかった私だが、数年前から、すっかり墓マイラーである。(苦笑)

 

墓マイラー 目次          参照

 

 

今回、鍼灸の学術や臨床とは一見関係ないようだけど、私の大伯父の人生について分かる範囲でここに書いておく。

 

 

今年のお盆に群馬に帰省した時、いつも母や叔母とともに、祖父方、祖母方の先祖の墓参に行くのだが、今年は何気に、戦争で亡くなった大伯父の話題になった。

 

 

大伯父とは、私の母方の祖母の兄にあたる人である。

 

 

私の親類の中で唯一の、大東亜戦争での「戦死者」だ。

 

 

恥ずかしながら、今までは

 

「戦時中に、南方のどこかで死んだ」

 

くらいしか知らなかった。

 

 

当事者が、戦争の記憶をどう伝えるかについては、各家庭によって全然違うようで、うちの場合は、まったくと言っていいほど戦争の話題は出なかった。

 

 

まあ、戦争はどう見ても大人同士のアホクサイ殺し合いなわけですから、説明しにくい、というのがあったのかもしれない。

 

 

今回、色々調べて分かったのだが、大伯父は終戦の年、1945年の3月5日に、フィリピンのルソン島にて、22歳で戦死しているという。

 

(亡くなった日は、なんと僕の誕生日と1日違い。。。知った時はじゃっかん鳥肌立ちました。)

 

 

今年、祖母の方の実家の墓を参った時、墓誌にその大伯父の名前が刻まれていないことが話題になった。

 

 

大伯父は次男であり、少し年上の長男がいるのだが、長男の名前と、曾祖父、曾祖母の名前は刻んである。

 

 

しかし、大伯父の名前だけがない、これはどうしたことかと、母や叔母と色々話をした。

 

 

一つには、戦後だいぶ経ってから建てられたお墓なので、戦中に亡くなった大伯父の名前は、あえて刻まなかったのでは?という意見。

 

 

もう一つには、戦争で亡くなったから、靖国神社に軍神として祀られているので、墓には魂が入っていないのでは?とか、

 

あるいは、どこかにもう一つお墓があるのでは?とかいう意見が出たが、それは誰も知らず、どうもはっきりしない。

 

 

そこで、いい機会だったので、大伯父の人生に関して、分かる範囲で調べてみることにした。

 

 

22歳の若さで戦死した大伯父。

 

 

優秀な人だったという。

 

 

 

続く

 

 

 

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