東洋医学 伝統鍼灸 清明院

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小手先の医療

2010.11.02

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ふと思う。


・・・そもそもなんで、「分ける」のか。


東洋医学では、この全宇宙、当然人間も、「気」で出来ている、という自然哲学を肯定しながら、それを「陰陽」→「五行」と分け、

「五臓六腑」というものを想定し、「十二経絡」というものを想定する。


その12の経絡のそれぞれをさらに4つに分類して考える。


つまり48パターンの経絡の分類をした上、さらに細かい分類をも示唆している。


そして、それだけにとどまらず、8つの「奇経八脈(きけいはちみゃく)」というものをも想定し、


さらにそのそれぞれに、総数においては360以上もの「経穴(けいけつ)」というものの所属と性質を想定する。


西洋医学でも、現代自然科学に「一応」基づき、人体を60兆の細胞からなる、人類の進化の結晶と考え、内臓、筋肉、骨、神経などの、

 

形態や機能の似通った「組織」「系」に分割して理解する。


そして、それらの”形体的異常らしきもの”「病気」とし、その”異常らしきもの””正常らしきもの”に変化させることを以て「治療」と呼ぶ。


両者とも、その認識の上で、実際に病める人間に立ち向かい、それなりの成果をおさめている。


まあともかく、根本哲学は違えども「分ける」ということに関しては共通している訳だ。


・・・ところで何故分けるのか。

 

分けないと分からないからだ。(笑)

 

じゃあなんで分かりたいのか。

 

単なる知的好奇心??



それもあるだろうが、やはり一つには、病める人を治したいんだ、という、医療を志す者の「希求」に応えるためではないか、と思う。


医療を志す者が「患者を治したい」と思う、ということは、とても自然なことだと思う。


(考え方によっては、これが過ぎると傲慢な勘違いを生むのかもしれないが。)


その願いに応えるものが「医学」なのだとすれば、必然的に「医学」においては、人体を「分ける」ことによって病を説明しなくてはならない、となる。


そしてそれを学び、実践するものは、それに対して深い理解をしていなくてはならない。


一面、医学において人体を「分ける」ということの意味は、人体という自然現象を「理解する」ことへの医療者側の欲求の充足ではないだろうか。


そして、何の分野でも、そういうことをやってるのは人間だけだ。


それは、老子の言う「無為自然」には反しないのか。


反しない。(と思う。)


じゃあ何で反しないのか。


こうやってこの問題を考えていくと、なかなか、難しい・・・。(苦笑)



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