お電話
03-6300-0763
10:00~21:00(完全予約制)
2015.09.18
**********************************************************************************************
↑↑↑ ↑↑↑
この2つのバナーを、1日1回クリックに是非ご協力下さい!<m(__)m>
クリックしていただくと、ランキングポイントが上がります!!
**********************************************************************************************
これまでのお話
「尺膚診(しゃくふしん)」について
「尺膚診」について 2
「尺膚診」について 3
「尺膚診」について 4
「尺膚診」について 5
「尺膚診」について 6
「尺膚診」について 7 参照
では続きいきます!
◆『黄帝内経』に繰り返し出てくる、皮膚観察の重要性
東洋医学には、「表をもって裏を知る」という考え方があります。
表面をよく観察することで、中の状態をうかがう。
これは『管子』の地數篇なんかにも出て来ますし、『黄帝内経素問』の5篇目、”陰陽応象大論”にも明記してありますし、
『黄帝内経 霊枢』の中の75篇目、”刺節真邪篇”なんかにも、例え話を用いて示してあります。
(管子について、まだ書いていなかったようなので、後ほど書きましょう。てっきり書いたと思っていた。。。(*’ω’*))
「表を以て裏を知る」 参照
・・・まあ、この考え方からすれば、皮膚表面の異常をうかがえば、身体の中の状態が分かる、ということになるわけです。
そして、その具体例は、黄帝内経の中の諸篇にもチョイチョイ記載してあります。
例えば素問の23篇目、”宣明五気篇(せんめいごきへん)”と、霊枢の78篇目、”九鍼論(きゅうしんろん)”なんかには、
五臓の主(つかさど)る所として、心は脈、肺は皮、肝は筋、脾は肉、腎は骨、これを五主という。
と述べてあり、ここでは肺の臓と皮膚の関与を明記しています。
「肺」って何ですか?(その12)
「衛気」って何ですか? その9 参照
因みにこの宣明五気篇というタイトルは、
”五臓の気について明らかにする篇”
という意味なんだそうです。
(そのまんまだねー)
九鍼論の意味は、
”九鍼について論じる篇”
という意味です。
(こっちもそのまんまー)
もちろん、皮膚の状態から、肺の臓「以外の」臓腑の状態をうかがうことも可能なんですが、肺の臓と皮膚とが密接にかかわる、
ということについて、どういう意味なのか理解しておくことは、非常に重要なことだと思います。
続く
読者の皆様、1日1回、こちらのバナーをそれぞれ1クリックお願いします!!
2015.09.12
**********************************************************************************************
↑↑↑ ↑↑↑
この2つのバナーを、1日1回クリックに是非ご協力下さい!<m(__)m>
クリックしていただくと、ランキングポイントが上がります!!
**********************************************************************************************
これまでのお話
「尺膚診(しゃくふしん)」について
「尺膚診」について 2
「尺膚診」について 3 参照
では続きいきます!
◆『黄帝内経素問』通評虚実論(28)における尺膚診の記載
『黄帝内経』という書物の説明は前回しましたので、繰り返しません。
素問の28番目の篇である”通評虚実論(つうひょうきょじつろん)”の中に、尺膚診に関する記載が出てきます。
因みにこの”通評虚実論”の意味ですが、我々が治療する際に、非常に重視している”虚実”という考え方について、
時間、五臓、経絡、気血、脈、治療など、非常に広範囲に論じた篇です。
因みに虚実については
ここに、
経、絡、ともに実というのは、寸脈は急で尺は緩なり
とか、
絡気が不足し、経気が有余なものは、脈が熱で尺が寒なり
とか、
経気が不足し、絡気が満は、尺が熱で満、脈が寒で渋なり
とか、
尺の虚は歩行に力が無い
とか、ここでも主に脈診情報とセットで、病態把握の方法として尺膚診が紹介されております。
(ここでいう”尺”というのが、前腕の皮膚の状態のことです。)
ここで、『史記 倉公伝』といい、『黄帝内経素問』の平人気象論といい、通評虚実論といい、
なぜ、尺膚(前腕部分の皮膚の状態)と、脈診情報(橈骨動脈の拍動の状況)を診ることで、
病態把握が出来るのか、という疑問が頭に浮かびます。
これについて、日本、江戸期の医家である多紀元簡(たきげんかん 1754?-1810)は、手首の脈で経気(けいき)が診れるのは、手首の脈動は前腕の皮膚と比較すると相対的に「陰」だからで、
前腕の皮膚は相対的に「陽」なので、絡気(らくき)が診れるのではないか、と、経絡を経と絡に分けて、深さの観点から陰陽に分けて考察しています。
これも一つの考え方でしょう。
続く
読者の皆様、1日1回、こちらのバナーをそれぞれ1クリックお願いします!!
2015.09.11
**********************************************************************************************
↑↑↑ ↑↑↑
この2つのバナーを、1日1回クリックに是非ご協力下さい!<m(__)m>
クリックしていただくと、ランキングポイントが上がります!!
**********************************************************************************************
これまでのお話
「尺膚診(しゃくふしん)」について
「尺膚診」について 2 参照
では続きいきます!
◆『黄帝内経 素問 平人気象論』における尺膚診の記載
さて、本日は我々のバイブルである『黄帝内経(こうていだいけい)』です。
『黄帝内経』は、ザックリいえば約2500年前くらい、春秋戦国時代に複雑な経緯で纏まり始め、前漢の時代(BC206~8)にはその原型は編纂されていたと言われ、
『素問(そもん)』81篇、『霊枢(れいすう)』81篇、合わせて162篇からなる大著であり、ここに書かれた内容、理論が、
その後の東洋医学(中国伝統医学)の基本になっております。
(専門的な詳しい考証に関しては真柳誠先生の『黄帝医籍研究』汲古書院がいいと思います。)
言わずと知れた、東洋医学をやるものにとって、必要不可欠な、聖典のような本です。
この中の、『素問』の18篇目である”平人気象論(へいじんきしょうろん)”という篇の中に、尺膚診に関する記載が出てきます。
因みにこの、”平人気象論”という篇名の意味ですが、”平人”というのはいわゆる健康な人のことを指し、”気象”というのは
”気(ここでは脈の打ち方を主に指す)”
と
”形象(けいしょう・・・ここでは脈の形)”
のことであり、健康人と病人の脈の打ち方を主に比較検討した篇だから、”平人気象論”と言います。
ここに、
尺熱するを病温という。尺熱せず、脈が滑は病風という。
とか、
臂(ひ・・・前腕のこと)に青脈が多いのを脱血という。
尺が緩で脈が渋なものは解㑊(異常な疲労感)という。
とか、
尺が渋で脈が滑は多汗という。
尺が寒で脈が細は謂うなれば後泄(下痢)という。
脈も尺も(粗い感じ)で常に熱きものは熱中という。
てな具合に、脈の打ち方(脈診情報)と合わせて、前腕の状態から、病態を把握する方法があったことが書かれています。
『黄帝内経』の中の尺膚診の記載は他にもあります。
続く
読者の皆様、1日1回、こちらのバナーをそれぞれ1クリックお願いします!!
2015.04.05
**********************************************************************************************
↑↑↑ ↑↑↑
この2つのバナーを、1日1回クリックに是非ご協力下さい!<m(__)m>
クリックしていただくと、ランキングポイントが上がります!!
**********************************************************************************************
我々がやっている治療を、東洋医学の専門用語でいうと、「弁証論治」と言います。
「”証(しょう)”を”弁(わきま)”えて”論”理的に”治”療する」
でしたよね。
ここで、北辰会方式では、まず治療時点の「証」を弁えるときに、それが「順証」 なのか、「逆証」なのか、という判断をしています。
これは、その患者さんの病が、その術者にとって治せるものであるか、治せないものであるかの、極めて重要な判断です。
簡単に言うと、
順証・・・治せる、治っていく病
逆証・・・治せない、治っていかない病
のことです。
因みに中医学の成書では「順証」「逆証」という言い方は、外科の分野以外ではあまりしないようですが、
「一般に、表から裏へ伝入するのは、悪化する”逆”であり、裏から表へ出るのは軽快する”順”である」
とあります。
(燎原『基礎中医学』P144 参照)
因みに因みに、「順逆」や「逆順」、「順」や「逆」という熟語、単語は、古典では『黄帝内経』『難経』『傷寒論』『金匱要略』にも多数散見されます。
また、日本では江戸期や幕末の川越衡山(1758-1828)や浅田宗伯(1815-1894)が、『傷寒論』を解釈する中で、「順逆」という考え方を使って解説しています。
まあ、もともとの意味としては
順・・・ノーマルな、セオリー通りの病の進み方や組み合わせや、病が快方に向かう時の表現
逆・・・アブノーマルな、イレギュラーな病の進み方や組み合わせや、病が悪化する時の表現
というほどの意味であり、病の予後(転帰)に関していう際は、『黄帝内経素問』平人気象論(18)の
「人無胃氣曰逆.逆者死.(患者さんに胃の気がないものを”逆”といって、逆の人は死んでしまうよ)」
を、基本として理解していいと思います。
そして、順逆は当然、医者のウデによって変わってきます。
ある先生にとっては逆証であっても、ある先生にとっては順証、ということは十分にあり得ます。
これが初診時に正確に判断できれば一番いいのですが、場合によっては少し経過を追ってみないと分からない場合もあります。
仮に、治せない病を、いつまでも診ていた場合、患者さんと術者に、精神的、肉体的、経済的にかかる負担はハンパじゃないです。
また、ここの判断のユルさは、患者さんからの評価を大きく二分します。
ヤブ医者と言われるか、名医と言われるか、です。
前者であれば、辛い鍼灸師人生です。
後者であれば、幸せな鍼灸師人生です。
非常にシビアな判断が要求されます。
そして、全病気、全患者さんの中の、自分が診た場合の「順逆」の割合のうち、順証の割合を極限まで高めるのが、我々鍼灸を天職とする者の使命でしょう。
◆参考文献
『鍼灸臨床能力 北辰会方式 理論編』緑書房
『鍼灸臨床能力 北辰会方式 実践編』緑書房
『中医基本用語辞典』東洋学術出版社
『基礎中医学』燎原
論説『『傷寒論』で少陽病篇が陽明病篇のあとに位置する理由』藤平健
読者の皆様、1日1回、こちらのバナーをそれぞれ1クリックお願いします!!
2015.02.02
**********************************************************************************************
↑↑↑ ↑↑↑
この2つのバナーを、1日1回クリックに是非ご協力下さい!<m(__)m>
クリックしていただくと、ランキングポイントが上がります!!
**********************************************************************************************
これまでのお話・・・
「左肝右肺」に関して
「左肝右肺」に関して 2
「左肝右肺」に関して 3
「左肝右肺」に関して 4
「左肝右肺」に関して 5
「左肝右肺」に関して 6 参照
では続きいきます。
というか、キリがないので、いったん終わりましょう。(笑)
◆左右の使い分け
東洋医学に、「巨刺(こし)」とか「繆刺(びゅうし)」という治療方法があります。
これは、患部とは左右反対側を治療したり、患部と離れたところを治療したりする方法なんですが、問題は、
”これらを「どういう時に」使うのか”
です。
毎回毎回、必ずそうすれば正解、ではないのです。
まあ、これは業界的には半分以上常識なんで、いちいち出典挙げないけど、各古典によれば、
巨刺の方は経脈に病があるときで、しかも九候の脈に変化があるときで、繆刺と比べて相対的に深刺しをしろ
とあり、
繆刺の方は絡脈に病があるときなので、巨刺よりも相対的に浅刺しであるが、場合によっては刺絡しろ
と、あります。
・・・このようにあるんですが、古典におけるこの書き方に、僕的にはもう一つ納得できません。(笑)
だって、これだけだと、経脈に病があったって、絡脈に病があったって、それを患部の「反対側に」取る理由になってない。
おそらく、古代中国のえらーい先生が書いた、その部分の解説を読んでも、申し訳ないが、解説になってなくね?って話です。(笑)
右の絡脈に病があるなら、そのまま右の絡脈を治療すりゃあいいし、左の経脈に病があるなら、そのまま左の経脈を治療すりゃあよくね??、と思ってしまいます。(笑)
では何故、反対側を取った方がいいかというと、ここはあくまでも僕の私見ですが、内臓の位置をみれば分かるように、左右が全く対称な人間なんていない訳ですが、
健康人であればおおむね左右の平衡バランスは取れています。
ということは、人間にはそもそも気血の左右差を是正しようという力が備わっています。
それにより、全身くまなく、過不足なく、気血が行き渡り、健康が担保されるから、ですよね。
ですので、当然ながら、例えば左の経脈や絡脈が、何らかの病的な状態になると、右の経脈や絡脈にも気血の変動が起こるはずです。
で、普通であれば、直接、病的な状態になった経脈や絡脈をいじるのが常套手段でしょう。
左なら左を、右なら右を、と。
邪気を散らしてみたり、正気を集めてみたりね。
ところが、この常套手段よりも、病経の「反対側を」狙った方がいい場合というのは、患側(病的な経脈や絡脈)の反対側の経絡が、患側の経絡の異常を是正する「主体」になっている場合ではないでしょうか。
(ぼくはそうだと思っています。)
因みに、『黄帝内経』にも、左右差を調整することの重要性は諸篇に説かれています。
(素問では陰陽応象大論(5)離合真邪篇(27)繆刺論(63)、霊枢では官鍼篇(7)官能篇(73)あたりでしょう。)
日本でも、かつてわが地元である群馬におられた鍼灸師である赤羽幸兵衛(1895-1983)先生が、「シーソー現象」と称して、左右のバランスを調えることの重要性を説いておられます。
いずれにせよ、
「ではどういう時に、左右反対側を取った方が良いのか」
という診断学が重要であるわけです。
僕はそれは、「気の偏在度合い」で判断するようにしています。
(メディカルユーコン『鍼灸治療 上下左右前後の法則』 参照)
つまり、病的な状態になったのは左の経脈や絡脈だったとしても、全体として右に正気や邪気が偏在していれば、そっちを動かした方がより早く、
そして動きが大きい、と考えていますし、日々そう実感しています。
・・・とまあ、そんな風に考えて、細かいメカニズムにも注意しつつ、臨床では常に臨機応変に左右を選んでおります。
(因みにこの場合、”脈診”は非常にポイントになるように思います。)
なんか話がそれたけど、このシリーズ、とりあえずおしまい。
読者の皆様、1日1回、こちらのバナーをそれぞれ1クリックお願いします!!
2015.01.12
**********************************************************************************************
↑↑↑ ↑↑↑
この2つのバナーを、1日1回クリックに是非ご協力下さい!<m(__)m>
クリックしていただくと、ランキングポイントが上がります!!
**********************************************************************************************
これまでのお話
精神の中枢は「脳」か「心の臓」か
精神の中枢は「脳」か「心の臓」か 2
精神の中枢は「脳」か「心の臓」か 3
精神の中枢は「脳」か「心の臓」か 4
精神の中枢は「脳」か「心の臓」か 5
精神の中枢は「脳」か「心の臓」か 6
精神の中枢は「脳」か「心の臓」か 7
精神の中枢は「脳」か「心の臓」か 8 参照
では続きいきます!
では前回の話をまとめるとどうなるか、というお話。
まあ前回の話は、僕の拡大解釈が入っていますが、それが気になる人はスルーしてもらったらよい。(笑)
僕からみると、
道教の立場では脳と心の臓、脾の臓、胃の腑の関わりが強調され、
もともとの東洋医学の立場では脳と腎の臓(精、髄)の立場を強調
しているようにみえる、という話です。
ここで、東洋医学における脾胃、腎、心と精神の働きとの関わりを復習。
◆泥丸の話の続き 3
1.「脾の臓」と精神の関わり
「脾の臓」については「脾」って何ですか?(その9)シリーズに書いた通りなんですが、「脾の臓」と精神との関わりについて補足すると、
『黄帝内経素問』宣明五気篇(23)に、”脾は意を蔵する”という記載が出てきます。
これは、脾は”記憶”、つまりモノを覚える能力と関わることを示しています。
(短期記憶と言ってもいいでしょう。)
また『黄帝内経素問』刺法論(72)には、”脾は知恵袋のような臓”と出てきます。
このことから、東洋医学の言う「脾の臓」というのは、”短期記憶や思考”に大きく関与する臓腑であることが分かります。
短期記憶が出来ないとか、いつもボケーッとして思考力の低い人は、脾の臓が弱いのかもしれませんな。(笑)
2.「腎の臓」と精神の関わり
「腎の臓」についても「腎」って何ですか?(その11)シリーズに書いた通りですが、精神と「腎の臓」の関わりに関して補足すると、
『黄帝内経素問』宣明五気篇(23)に、”腎は志を蔵する”という記載が出てきます。
これは、腎は”長期記憶(記憶の貯蔵)”や”適切な判断力”に関わる、ということを示しています。
また『黄帝内経霊枢』本神篇(8)には、”腎は精を蔵す”と出てきまして、また『黄帝内経素問』六節蔵象論(9)には、”腎は精の居所だよ”と出てきます。
ここでいう「精」の意味には狭義と広義がありますが、まあ、人体における”形体”の基になるもの、と考えてもらったらいいと思います。
(”精”についてもそのうち詳しく書きましょう。)
3.「心の臓」と精神の関わり
これについても、
「心」って何ですか?(その7)
「心包」って何ですか?(その6)
あらかた述べてますので、まずはそっちを参照して下さい。
・・・まあ、あえて補足するとすれば、東洋医学では、精神、意識、感覚に関するあらゆる働きは「心の臓」が蔵する「神」が大元締め、と考えているということです。
ざっくり言えば、「心の臓」はちょうど、西洋医学における脳のような働きを付与されている面があるということです。
〇
このように、「脾の臓」は”意と智”に関与し、「腎の臓」は”志と精”に関与し、「心の臓」は”神”に関与し、それぞれが大きく、精神面の働きに関与します。
東洋医学の「脳」解釈の原点として、『黄帝内経』では、「脳」に関しては「髄海」と表現し、「腎の臓」との関わりが最も示唆されており、
『黄帝内経』よりも後代になってから、道教が脳と「脾の臓」「心の臓」との関わりを提示し、特別な意味を持たせ、明清代に入って、西洋医学とのディープな接触の中で、
東洋医学の中にも、「心の臓」と「脳」の関わりを論じる動きが出てきた、という流れだと理解しています。
(歴史の専門家の方、もし違っていたらご教示ください。)
そう考えると、近世から近代に至る流れの中で、東洋医学では、「脳」というものの働きを解釈する上で、道教の見解を一定の参考にした、とも考えられるわけであります。
このように、道教と東洋医学というのは、長い長い歴史の中で、相互に影響を与え合っている側面があるように思います。
それ以外の宗教についても、同じことが言えるかもしれません。
こういったことに注意を払うことが、我々の臨床の助けになる面がある。
続く
読者の皆様、1日1回、こちらのバナーをそれぞれ1クリックお願いします!!
2014.12.28
**********************************************************************************************
↑↑↑ ↑↑↑
この2つのバナーを、1日1回クリックに是非ご協力下さい!<m(__)m>
クリックしていただくと、ランキングポイントが上がります!!
**********************************************************************************************
これまでのお話・・・
精神の中枢は「脳」か「心の臓」か
精神の中枢は「脳」か「心の臓」か 2
精神の中枢は「脳」か「心の臓」か 3 参照
では続きいきます。
ここまでで、「脳」と「心の臓」、どっちが精神、意識の中枢になるか、というお話を、日本と中国の、色々な学者さんや、医者の解釈を紹介しながら見てきました。
では、もともと、古代中国医学においては、これらがどういった位置づけだったのか、という話を、古典を参考に、再びちょっと考えてみようと思います。
まず、東洋医学における「心の臓」がいかなるものなのかについては、一般の方向けに、随分前にこのブログに書き連ねました。
「心」って何ですか?(その7)
「心包」って何ですか?(その6) 参照
上記を読んでいただければ分かるように、古代中国の医者にとっては、精神、意識というのは霊妙不可思議なものであり、人知の及ばない側面(※)があると考えていました。
【(※)”人知の及ばない側面”というのは、当時の最先端科学といってもいい、”気と陰陽”という認識論を持ってしても、理解できない概念である、ということです。】
そして、そういったものを「神(しん)」と名づけ、その”神”を、調節しているの中心機構が「心の臓」なのだ、という理解なのです。
では、「脳」の方はどうでしょうか。
脳については、このシリーズの最初に書いたように、『黄帝内経 素問 五蔵別論(11)』に、脳が”奇恒之腑(きこうのふ)”として紹介されていますし、
また、『黄帝内経 霊枢 海論(33)』には、脳のことが”髄海(ずいかい)”として紹介されています。
これをもう少し詳しく解説すると、「脳」というのは奇恒之腑でありますが、奇恒之腑というのは脳の他に、
「骨(こつ)」「髄(ずい)」「脈(みゃく)」「胆(たん)」「女子胞(じょしほう)」
の5つがあります。
(ちなみに奇恒の府の中の”胆の腑”は、五臓六腑の中のひとつでもあり、胆の腑については以前解説しました。
この、奇恒の府の中の「髄(※)」が集まって、塊状になったものが「脳」である、という考え方から、「脳」のことを「髄海」と呼ぶのです。
【(※)・・・東洋医学の言う「髄」というのは、骨の中に入っている、骨格と脳髄を養う重要なエキスのようなもので、腎の臓と関わりが深い】
そして、
”人はまず脳から生じる”
といって、東洋医学では、発生学的に、人間の体はまず最初に「脳」から生じる、出来ていく、と、考えられていたようです。
(『黄帝内経素問』奇病論(47)の全元起注「・・人先生於脳.・・」、『霊枢 経脈篇(10)』「黄帝曰.人始生.先成精.精成而腦髓生.」)
そう考えると、拡大解釈すれば、体の中で、脳という部位には、母胎からの根源的な気が最も充満している、とも拡大解釈できます。
この考え方は僕的には結構重要に思えまして、のちに道教徒が、
「脳から気を漏らしてはいけない、真気が脳に充満していれば邪に侵されない」
とか、
「頭上から真気が立ち昇り、大宇宙の気と交感する」
とかいう考え方や、”三丹田説”というものにも、繋がってくるように思うのです。
続く
読者の皆様、1日1回、こちらのバナーをそれぞれ1クリックお願いします!!
2014.12.24
**********************************************************************************************
↑↑↑ ↑↑↑
この2つのバナーを、1日1回クリックに是非ご協力下さい!<m(__)m>
クリックしていただくと、ランキングポイントが上がります!!
**********************************************************************************************
東洋医学では、喜怒哀楽などの感情や、記憶や感覚など、あらゆる精神作用の中枢は「心の臓」が主る、と考えております。
「心」って何ですか?(その7)
「心包」って何ですか?(その6)
これ、一般的な現代人の考え方からすると、
「??」
ですよね。
何で心臓が精神と関係あるんだよ、人体で、精神、感覚と言えば脳でしょ、と考えるのが、ごく普通の考え方だと思います。
ところが、東洋医学(黄帝内経)では、「脳」についてはもちろんあるということは認識しているんですが、五臓六腑と比較すると、相対的に脇役なのです。
例えば、
『黄帝内経 素問 五蔵別論(11)』には、脳が”奇恒之腑(きこうのふ※)”として紹介され、
『黄帝内経 霊枢 海論(33)』には、脳のことが”髄海”として紹介されています。
(※奇恒の府・・・”奇恒”というのは風変わりな、というほどの意味。五臓六腑の中の腑とは違う、特徴的な腑のことを言う。)
このように、脇役ではあっても、無視はしていなかった「脳」の存在。
しかし、古代中国医学では、人体の中心、根っこはあくまでも「体幹部」であり、そこの奥深くにしまわれている「五臓六腑」なのである、という考え方を、基本的には貫いています。
やはり、真ん中にしか華がない、「中華思想」なんでしょうかね。。。(笑)
因みに、脳が精神と深く関わっている、という話は、後代になると、たくさん出てきます。
近現代の東洋医学では、脳は精神とまったく関係なし、とは位置付けていません。
そしてこれは、明清代以降の、西洋医学とのディープな接触だけでなく、道教の考え方も大きく影響しているようです。
続く
読者の皆様、1日1回、こちらのバナーをそれぞれ1クリックお願いします!!
2014.12.15
**********************************************************************************************
↑↑↑ ↑↑↑
この2つのバナーを、1日1回クリックに是非ご協力下さい!<m(__)m>
クリックしていただくと、ランキングポイントが上がります!!
**********************************************************************************************
これまでのお話・・・
「左肝右肺」に関して
「左肝右肺」に関して 2
「左肝右肺」に関して 3
「左肝右肺」に関して 4
「左肝右肺」に関して 5 参照
では続きいきます。
◆「左右」に関して補足
我々東洋医学がバイブル中のバイブルとする『黄帝内経素問』の中の「陰陽応象大論(5)」というところには、
「左右者.陰陽之道路也.」
と、出てきます。
(ちなみにこの「左右者陰陽之道路」という表現は、同じ素問の中の天元紀大論(66)、五運行大論(67)にも出てきます。)
この意味について、中国清代の超有名な学者である張志聡(1610-1674)先生は、弟子たちとともに書き上げた大著、『素問集注(そもんしっちゅう)』(素問の解説書)の中で、
「在天地六合.東南為左.西北為右.陰陽二氣.於上下四旁.晝夜環轉.而人之陰陽.亦同天地之氣.晝夜循環.故左右為陰陽之道路.」
と述べておりまして、これを竹下風に簡単に訳しますと、
「天地六合(宇宙)には、東南は左とし、西北は右とする。人の陰陽の二気も上下と左右を昼夜に循環している。故に左右は陰陽の道路だ~!」
となります。
(張志聡については、そのうち紹介しますね。)
また、以前このブログでも紹介した、中国明代の名医、張介賓(張景岳1563-1640)先生は、その著書、『類経』の中で、
「陽は左で昇る、陰は右で降りる」
と、述べました。
(小曽戸丈夫『意釈類経』第一冊P64 参照)
いつも言いますが、張景岳先生の考え方は、あらゆる部分で蓮風先生、北辰会の考え方にも大きな影響を与えていると思います。
・・・とまあこのように、大自然、大宇宙と、人間(小宇宙)を対比させ、その合同性、相似性を考えていった場合、人体における「左右」というのは、壮大な意味を持ちます。
そして具体的、臨床的には肝か、肺か、機能か、形態か、とね。
そして、『黄帝内経素問』陰陽応象大論(5)には、さらにこのような記載が出てきます。
「以右治左.以左治右.」
と。
これは、
「右の病は左で治しましょうね、左の病は右で治しましょうね。」
という意味です。
右に悪い反応が出ていたら、左を治療し、左に悪い反応が出ていたら、右で治療しましょうね、ということです。
〇
・・・んん?
これだけ、左右左右とうんちくを語ってきて、結局、最後は反対側で治療するのかよ!!
・・・そう思いませんか?(笑)
続く
読者の皆様、1日1回、こちらのバナーをそれぞれ1クリックお願いします!!
2014.12.11
**********************************************************************************************
↑↑↑ ↑↑↑
この2つのバナーを、1日1回クリックに是非ご協力下さい!<m(__)m>
クリックしていただくと、ランキングポイントが上がります!!
**********************************************************************************************
前回のお話・・・
「左肝右肺」に関して 参照
では続き行きます。
左肝右肺の論を考えるときに、東洋医学の基本である「天人合一思想」を思い出す必要があるように思います。
「天人合一思想」に関して、鍼灸学校の現行教科書である『新版 東洋医学概論』によると、
1.人体の形と機能とが、天地自然(自然環境)と相応していること
2.人と自然は一体であること
だそうです。(P13)
因みに『黄帝内経』には、『霊枢』邪客篇(71)に「人與天地相應者也.」とあり、『素問』五蔵生成篇(10)には「五藏之象.可以類推.」ともあります。
歴史的には、すでに中国、春秋戦国時代の孟子などの諸子、あるいはそれ以前から、この思想の原型がみえるようですが、これは要するに天と人を対立するものとせず、
本来それは一体のものである、とする思想だそうです。
なお、朱子学でいう「天理人欲」という命題も、ひとつの天人合一論でしょうし、南宋の道教経典の一つであり、日本でも盛んに翻訳された『太上感応篇』の内容(司過神など)も、
天人合一思想の現れと言えると思います。
・・・まあ、儒教も道教も、この天人合一思想の影響を、少なからず受けている、ということなんですね。
「荘子」という人物
カテゴリ 「道教・道家思想」
カテゴリ 「儒教・儒家思想」
「朱子学」 を含む記事 参照
この壮大な考え方に則って、人体を医学的、生理学的にみていくと、例えば前回お話したような「顔面」とか、「腹部」なんていう、人体における”一部分”も、
全体(大宇宙)の縮図である、という発想が起こり、全宇宙、大宇宙と同じ、同一性、相似性、大いにあり、という考え方に繋がってきます。
そうして、その仮説を、現実の臨床と重ね合わせながら、突き詰めて考えていった結果、腹部や顔面における異常所見が、
「左は肝、右は肺」
と診ることが出来る、と結論付けられるようになっていったのでしょう。
続く
読者の皆様、1日1回、こちらのバナーをそれぞれ1クリックお願いします!!
2012.07.08
2016.05.09
2016.04.12
2016.04.28
2015.06.04
2012.12.23
2014.02.17
2014.04.26
2024.05.10
2024年4月の活動記録2024.05.01
2024年 5月の診療日時2024.04.13
(一社)北辰会、組織再編。2024.04.02
2024年3月の活動記録2024.04.01
2024年 4月の診療日時2024.03.14
2024年2月の活動記録2024.03.01
2024年 3月の診療日時2024.02.15
2.17(土)ドクターズプライムアカデミアで喋ります!2024.02.04
3.10(日)(公社)群馬県鍼灸師会で講演します!2024.02.03
3.3(日)「浅川ゼミ会」にて講演します!2024.02.02
2024年1月の活動記録2024.02.01
2.25(日)順天堂東医研、第5回特別公開シンポジウム「日本とインドの伝統医学」に登壇します!!2024.02.01
2024年 2月の診療日時2024.01.11
2023年、9月~年末の活動一覧2024.01.05
診療再開!!2024.01.01
2024年 1月の診療日時2023.12.30
2023年、鍼療納め!!2023.12.21
(一社)北辰会、冬季研修会のお知らせ2023.12.01
2023年 12月の診療日時2023.11.26
患者さんの声(60代女性 背部、頚部の痒み、首肩凝り、高血圧、夜間尿)2023.11.25
患者さんの声(70代女性 耳鳴、頭鳴、頭重感、腰下肢痛、倦怠感)2023.11.22
12.3(日)市民公開講座、申し込み締め切り迫る!!2023.11.21
今週からの講演スケジュール2023.11.16
日本東方医学会学術大会、申し込み締め切り迫る!!2023.11.01
2023年 11月の診療日時2023.10.10
清明院14周年!!2023.10.04
12.3(日)市民公開講座やります!!2023.10.01
2023年 10月の診療日時2023.09.23
第41回、日本東方医学会学術大会のお知らせ2023.09.22
第55回、順天堂東医研に参加してきました!2023.09.21
第27回、日本病院総合診療医学会で発表してきました!!2023.09.20
Dr’s Prime Academiaで喋ってきました!2023.09.01
2023年 9月の診療日時2023.08.18
第54回、順天堂東医研で喋ってきました!2023.08.17
順天堂東医研の学生さんと、「森のくすり塾」へ。2023.08.16
診療再開!!2023.08.01
2023年 8月の診療日時2023.07.24
第53回、順天堂東医研に参加してきました!2023.07.23
(一社)北辰会関東支部に参加してきました!2023.07.22
Dr’s Prime Academiaで喋ってきました!2023.07.21
第73回 日本東洋医学会に参加してきました!2023.07.01
2023年 7月の診療日時2023.06.12
(一社)北辰会関東支部定例会に参加してきました!2023.06.11
(一社)北辰会本部会に参加してきました!!2023.06.10
Dr’s Prime Academiaで喋ってきました!2023.06.09
第52回、順天堂東医研で喋ってきました!!2023.06.08
第14回 日本プライマリ・ケア連合学会学術大会に登壇しました。2023.06.01
2023年 6月の診療日時2023.05.31
日本東方医学会、医鍼薬地域連携研究会(DAPA)について2023.05.30
生薬観察登山に行ってきました!